ここ最近割と涼しいトルコです。とはいうものの毎日35度越えは当たり前のことで、けれども風があったり影に入るとなんとなく快適感を感じます。
今朝起きると、筆者の脇の下に鼻を突っ込んで寝ている犬がいました。ただでさえ鼻が潰れているのにさらに潰したいのか、皮膚呼吸で全てを賄いたいのかは、彼女のみが知るところです。体は大きくなったけれどもまだまだ赤ちゃんのようでした。が、一方で一丁前に夜は番犬として警備を入念にしています。こちらの人は夏場特に夜行性になるので、子供も含んで午前様は極普通なことなのですが、筆者の愛犬マヤはご近所さんの帰宅にいちいち反応して吠えるので、この前上の階の人に
と言われて、すみませんと謝るしかなく、君らの深夜おしゃべりしながらの帰宅の方がうるさいよ、というコメントはあえて飲み込んでおきました。
仕事中
毎日自堕落、最近新しいゲームを携帯にインストールしたが最後、ずっと遊んでいる筆者ではありますが、仕事もします。その最中、どうもよくわからないことがあったので、その手のことに詳しいアメリカでめちゃくちゃお世話になった「ねえさん」に尋ねることにしました。縫い方を説明している所の意味がよいよ何を指しているのかわからなかったからです。
そういえばそうです。
例えばレシピ本を開いても出来上がりの写真があったらラッキー、作り方は大抵大量の文字で解説してあるのです。筆者も嬉しげにカリフォルニア料理のパイオニアAlice Waters氏の本を2冊持っているのですが、
これは、教科書?それとも論文?
というほどビジュアルがありません。読者はWaters氏の解説を必死で想像しながら一つ一つの工程をこなしていくのです。申し訳ないのですがWaters氏がクックパッドにランクインすることは不可能でしょう。レシピ自体は素晴らしいのですが、多くの人がステップ2くらいで脱落してしまうからです。
一方で極東では
写真のない料理本は日本では考えられません。もちろん料理本だけではありません。あらゆるhow to本には図と共に解りやすい説明が書かれています。そして美しいプレゼンテーションで読者の意欲を掻き立ててくれます。たまに文字を読まずにビジュアルだけでやり方が大体想像できることさえあります。
時代は変わって
今でこそお料理はテレビの料理番組はもちろんYouTubeやインターネットで動画と共に学ぶことができます。ビジュアルって大事だな〜と痛感しました。そんな話をめっちゃ頭のいいイミンさんに話すと、
彼の英語はそこまで達者ではないので、その裏に隠されている意図は、各ページの物理的なスペースを指したのか、ビジュアルがない故に詳しく説明を求められる著者の抱えるプレッシャーなのかは計りかねますが、どちらにしろまんざら的外れではないように思えました。
終わりに
賢くなりたければ本を読めと人は言います。筆者も昔は読んでいたのですが今はテクノロジーに汚染され動画を見て済ませてしまいがちです。よろしくない、と思い立って手持ちの本を開いてみたのですが、2ページ目でセロトニンの分泌が過剰になって、いつの間にか眠りに落ちてしまうのでした。